救命は軽く死ねる

救命は軽く死ねる

救命は軽く死ねる

私が働いていた病院は3次救急のあるところでした。新卒から採用され、救命救急センターの配属となりました。
配属されて3年目に突入した頃、迅速な判断・機敏さ・技術が必要な救急外来へ異動となりました。
3次救急ですので、高度な医療を必要とする患者さんが続々と運ばれてくることに最初はうろたえてしまっていましたが、3か月ほど経つとようやく慣れてくることができました。

そんなある日、ホットライン(救急車から搬送依頼の連絡が入る電話)がなりました。
CPA(心臓が停止した状態)の患者さんの受け入れ要請でした。
私が働いている病院は、3次救急といえど、地方で田舎のため、CPAというとご老人ばかりでした。
食べ物をのどに詰まらせって窒息した患者さんや、動脈が破裂してしまった患者さん、、、老化に伴う病気が原因で心停止になってしまった患者さんばかりでした。

年齢も80~90歳ぐらいの方が多く、一応蘇生を試みますが、蘇生したとしても脳にダメージを受けている可能性が高いのです。
ですので、「じゃぁ家族が到着するまで、とりあえず蘇生頑張ってみましょうか?」というような雰囲気が漂っていたのが事実です。

しかし、その日は違いました。

救急隊員から「CPAで、20代の男性です。JCS300。車の下敷きになってしまった模様」と言われ、私は耳を疑いました。

私はそんな若い方のCPAを体験したことがありませんでした。いつになく現場には緊張感が漂い始めました。
すぐに受け入れ可能と返事をし、受け入れの準備をし始めました。私もまだ20代で、同世代の人がまさか心停止だなんて驚きを隠せませんでした。

自然と焦りが出て、手先は少し震えてしまっていました。

数分後に心臓マッサージをしながら運ばれてきた20代の患者さんはすでに顔面蒼白で、車の衝撃を受けたであろう胸は紫に変色して腫れあがり、全身チアノーゼも出ていました。
心電図をつけてももちろん波形はフラット(心停止)、すぐにドクターの指示で蘇生が行われました。後から到着した家族は泣き崩れており、医療者は一生懸命治療を行いました。
しかし1時間頑張っても、その患者さんがこの世に戻ってくることはありませんでした。
ドクターから家族へ説明が行われる場に同席したのですが、奥さんであろう人は私と同じ年で、小さな赤ちゃんを抱っこしてみえました。

患者さんにしがみついて泣き崩れる家族さんを前にして、私はなんて声をかけて良いかわからなくなり、私の目にも涙が浮かびました。

身近な世代のCPAは経験がなく、これから未来ある旦那を急に亡くし絶望に打ちひしがれている奥さん、、、この日ほど医療の限界・無力さを感じたことはありませんでした。

生きている限り死というものはいつやってきてもおかしくなく、毎日毎日を大事に生きていくことがどんなに大切なことなのかということを学ばせていただくことができました。

プライドの高い医者

プライドの高い医者

プライドの高い医者

大学病院に勤めていた時のことです。医者にも色々います。

いい医者も沢山いるのですが、大体にして、プライドが高く、看護師を軽く見る医者もいました

OPを終わっても、状態の思わしくない患者様もいます。癌が進行しており、OP後一時良くなったように見えたのですが、「食欲も無くなるし、だんだん悪くなっていく感じがする。内科で見てもらいたい。」と希望したので、その旨を主治医に伝えると、「なんで看護師が、そんなことを言うんだ。」と馬鹿にしたように言いました。

とても悔しく情けない思いをしました。もち論、私も、内科に見てもらっても、どうにもならないということは分かっていました。でも、何故、ターミナル期を迎えている患者様に、気休めでも、患者様の希望を聞いてあげないのだろうと思いました。教授の許可なく、内科紹介などしたら、教授に何を言われるか分からないと思ったのでしょう。

それなら、教授回診の時に希望を言うようにアドバイスをすればよかったのです。
その患者様は主治医にも、言いましたが、あっさり断られて、内科受診をあきらめて、やがて、なくなりました。今は分かりませんが、私が勤めていた時は、看護師は採血や、静脈注射はしませんでした。私が処置についた時、静脈注射をするように言うのです。

「看護師は、静脈注射をしません、先生がしてください。」と言うと、「医者の命令が聞けないのか。」と、偉そうに言うのです。その時私は思いました。

【看護師は、医者の指示は聞くけれど、命令は受けない。看護師に命令できるのは、直属上司だけであり、たとえ、教授といえども、看護師には命令する権限はないのだ】と、そのことを言いたかったのですが、とてもいう勇気がなく、また、患者様の前で口論するわけにもいかないので、婦長に言いました。

結局、私に変わって婦長が処置につきました。婦長には聞きませんでしたが、婦長が、静脈注射をしたのだと思います。

夜勤の時にこんなとこともありました。患者様が苦痛を訴えて、依然服用した薬を希望しました。その薬は、主治医が処方したものでした。当直医にそのことを告げると、「看護師が、医者に薬の指示を出すのか」とえらい剣幕で言いました。別に、指示を出したわけではなく、患者様の希望を伝えただけなのにです。

その時の当直医は、講師の立場であり、プライドを傷つけられたと思ったのか、単に、夜中に起こされて機嫌が悪かっただけだったのかは、分かりません。結局、同じ作用のある別の薬を出してくれました。普段は講師らしい風格があり、良い医者と思っていたので、余計、傷つきました。

ALS患者

ALS患者

ALS患者

以前、循環器科に勤めていた時のことです。私の病院は地方のそれなりの大きい病院だったため、色々な症例の方が入院してきます。その方は息苦しさを主訴に救急外来に来られ、検査していると体の中の酸素があまりに少なく、すぐに挿管となり緊急入院。

その後ALSと診断された方だったのですが、神経内科のないうちの病院では循環器科に入院されいました。
普通、ALSは手足の筋肉から先に症状が出て、最後の方に呼吸筋の異常が出て来るのですが、その方は珍しく呼吸筋からの症状が出ていました。

挿管していても、意識もあり、手足も動き、ベッドで寝ている状態。
何度か呼吸器の離脱を試みましたが、出来ませんでした。

意識のある方だったので、筆談などでお話しをさせてもらい、仲良くさせてもらっていました。
ご家族への病状説明にも同席させていただき、今後の相談をし、気管切開を行い家で面倒を見るのか、専門の病院へ転院するのかなどを決めてゆきました。

旦那さんは転院できる病院は遠くにあり通いにくいという理由もあり家での介護を望みましたが、その他のご家族は介護の負担を考慮され転院を決めました。

そして、気管切開の手術の日程も決まり、準備は進み・・・・。
手術前日、私は準夜勤でした。

患者さんはいつもと変わらないように見えました。
今思えば、少し痰を吸引してくれという訴えは多かったようにも思います。

今も忘れられない、勤務の時間帯が終わりかけの23時47分。
呼吸器のアラームが鳴りました。
その方の部屋の近くに居た他の看護師が様子を見に行きます。
悲鳴近い声が聞こえました。

走って見に行くと、患者さんが挿管チューブを自分で抜いてしまっていたのです!

自分で息が出来ない患者さんは、みるみる間に唇が青くなっていきます。
とにかくアンビューバックで酸素を送る。
緊急コールをして医師を呼ぶ。
再挿管の準備などしている間にも、測定している患者さんの酸素飽和度は下がっていきました。

90から80、70、50%代まで・・・・。
医師の到着が何分後だったかはわかりません。
とにかく長い時間だったように思います。

無事に患者さんの意識のあるうちに医師が到着し、再挿管が行われ、再び安定した呼吸が行われるようになりました。。。。。

落ち着いてから、どうしてチューブを抜いてしまったのか聞いてみましたが「喉がおかしかったから。ごめんね。もうしない。」とその言葉だけでした。

その後、その方には意識があり問題なくコミュニケーションも取れるけれど、転院するまで上肢の抑制がされるようになりました。

無事に転院されていったけれど、私の中にはある思いが残ります。

どうしてもっと彼女の思いを聞かなかったのだろう。

今まで普通に暮らしてきて、呼吸が苦しいとなって病院に来たら、病院のベッドに機械と共に置かれ、今後、家に帰ることも出来ない。
数週間の間、目まぐるしく変わっていく環境と、自分の体について、彼女はベッドの上でどのように感じていたのだろう。
あまりにひょうひょうと、変わらなく過ごしているから、手術の前日に自分で死のうとするまで、誰も彼女の気持ちを見ようとしていなかったんだと思う。
ALSという見慣れない病気のせいもあったかもしれないけれど、私は症状ばかり見て、難病患者の行く先ばかり見て、彼女のことを見ていなかったのだなぁと思うと、看護師の仕事とはいったい何なのだろうと、とても悲しく、自分が情けなく、この仕事を辞めたいとそう思った。
そして、このことだけではないけれど、今は休業中です。

残業残業残業

残業残業残業

残業残業残業

看護師として初めて就職したのが、腎泌尿器外科病棟でした。
看護学校で学んだ人はお分かりかもしれませんが、循環器や内分泌系(糖尿病・甲状腺など)に比べるとあまり重点的に学習していない分野で、いざ勤務してみると、分からないことばかりでした。
院内でも特に時間外勤務が多く、離職率が高い病棟だったので、同期で入った他の病棟に配属された人たちとはまったく分かり合えず、毎日自分の業務をすることで必死でした。

分からないことは調べ、先輩看護師に質問しても「そんなことも分からないまま今まで仕事してきたの?」と言われ、翌日までに調べてレポートの作成を命じられることなど日常茶飯事でした。
ナースコールに対応するのも新人看護師の仕事だったのか、私が詰所にいるときには、私が離れたところで点滴の準備をしていても、コール対応してくれません。

コール対応しては、患者の元に行き、処置や必要な介助をして、また詰所に戻って自分の仕事に戻っても、またコール対応・・・いつまでも自分の仕事が終わらず、電子カルテの前に座れるのは夜7時過ぎ・・・を繰り返していました。

ある日、処置係だったとき夕方夜勤の分の点滴の準備・混注作業をしなければいけないのですが、その日もなかなか自分の仕事が終わらず、先輩看護師が代わりに作業をしてくれていました。
ようやく処置係としての仕事が終わり、点滴を準備してくれている先輩看護師に、

「すみませんでした。代わります。」と声をかけたところ

「代わります??あんたの仕事やってあげてるのに代わりますってどういう意味?」と言われました。

私としては、(あなたの受け持ちのコール対応も、点滴の交換もしてたからこんな時間になったんだけど・・・)と思いましたが、当然そんなことは言えず、「遅くなって、すみませんでした。」と謝ることしかできませんでした。

全国的にある大きな病院(といえばもう分かってしまうかもしれませんが)、にも関わらず、1年目は時間外勤務は詰所会や勉強会など師長が「時間外書いていいよ。」と言うごく一部だけで、16:50までの日勤が22時を過ぎることもざらにありました。

日勤だけでなく、夜勤も就業時間の30分前に入り、サービス残業が少なくても2時間。そんな生活を続けていました。

子供が小学校2年生になって、少しでも裕福な生活をさせてあげたいと、4年間准看護学校・看護学校とアルバイトや奨学金を借りて頑張った結果が、ほとんど子供と過ごす時間もなく、日勤なのに帰ったら子供はもう寝ている、準夜勤・深夜勤が月に8回入るとほとんど起きている子供と接する時間がないことが一番つらかったです。

看護師の妊娠は無理

看護師の妊娠は無理

看護師の妊娠は無理

看護師をツラいと思ったのは妊娠した時のことです。

私は、妊娠4週目に妊娠していることが分かりました。妊娠5週目後半頃よりつわりがはじまりました。
つわりがはじまった頃は少し気持ちが悪い程度で、それ以外に症状は感じていませんでした。しかし、徐々につわりがひどくなり、食事が全く摂れず、常に吐き気を催し、空えづきが頻繁にあり、時々嘔吐するようになりました。妊娠が分かってからも看護師としての仕事は通常どおりしなければなりませんでした。

2交代勤務で、夜勤もそれまでと同じ回数こなしていました。勤務中はマスクをしていましたが、においによっては吐き気が増強されたりしました。

特に辛かったのは、患者さんのオムツ交換や食事介助でした。

また、思考能力も低下していたため、妊娠していない時のように考えて動くことができませんでした。さらには、ペアで行動していたため、トイレに行くタイミングに気を遣いました。上司には妊娠のことを早期に伝えていましたが、同僚たちには安定期になってから報告する予定でした。個人的に伝えたり、私の言動から気づいている人もいたのですが、いつもどおりにしようと努めていました。そのため、いつもどおりに行動しようとしていたこと事態も辛かったです。

また毎日時間に追われながら、業務も多忙でした。走らないようにはしていましたが、患者さんの移乗介助をしたり、休憩以外は立ちっぱなしで仕事をしたりもしていました。妊娠が分かってから徐々に、つわり以外にも、体が疲れやすかったり、足のむくみがひどくなっていきました。身体的だけでなく精神的にも辛く、看護師をやめたいと日々感じながらも、産休までは頑張ろうと思っていました。

そんななか、妊娠8週目に妊婦検診に行った際、胎児の心拍が止まっていることが分かりました。
流産は妊娠の15%に起こり、心拍確認後にも流産する確率はあることは理解していましたが、とてもショックでした。初期の流産のほとんどは胎児の染色体異常が原因で、母体側の影響はほとんどないことは分かっていました。

しかし、看護師として忙しく働いていたことで無理をしてしまい、それが原因で流産してしまったのではないかと私は考えてしまいました。妊娠が分かってからつわりや疲労感を感じる度に看護師はツラいと思っていましたが、流産した時に、本気で看護師という仕事はツラいと思いました。

そして、看護師には女性が多く、妊娠している看護師が他にいました。そのため、仕事をしていて妊婦さんを見るのも辛かったです。
色々考えた結果、看護師をしているのが辛く、仕事をやめました。

不穏患者の対応は男性看護師も転職を考えるレベル

不穏患者の対応は男性看護師も転職を考えるレベル

不穏患者の対応は男性看護師も転職を考えるレベル

働いていて辞めたくなるのは不穏患者の対応、これにつきます。ただ単純に忙しいだけであればどこかで落ち着いて座って業務に望むことができますが不穏患者はそうではありません。

私たち医療者がつい数秒、数分前に言ったことであっても忘れてしまいますし、安全のため離床センサーを使用しているものならばナースコールが止まりません。(離床センサーは踏むとなるため動きだそうとしたときに反応して鳴る)

夜勤では看護師の人数も3人ないし4人で対応しなければならない施設が多く、少ない人数で10人~20人ほどの患者を一人あたり担当するわけですが、ナースコールがやまなければ私たち看護師が座ることもできず、かつ夜勤は長く体力的にも精神的にもしんどいですね

社会的にも日本は高齢社会ですし、入院してくる患者も家族が高齢の配偶者だったりするので家族の協力も得られません。なかには時間で血圧を測ったりと観察を密に行わなければならない患者もおり、その不穏の患者だけであればつきっきりになれば事故は防げますが、そうではないため看護師の仕事はハードです。

そんな不穏患者が自分で点滴を抜いてしまったり、筋力が低下し足元がおぼつかない患者が転倒してしまえば骨折のリスクもでてきますし、そういった事故が起きれば私たちは始末書を書かなければいけません。無駄な仕事が増えるわけですから、なにがなんでも事故は阻止したいわけです。

不穏患者の中には看護師に対する暴言や暴力行為を働く人もいますし、そうなってしまってはなんのために看護師の仕事をしているのか本気で分からなくなります。

介護施設などでは稀に利用者の方に対し、職員の方が危害を加えるという痛ましい事件が起きていますが、正直理性を保ってそれを我慢している人もなかにはいると思います。

私はいまのところ危害を加えるようなことはありませんが、入院しないで欲しい、治療を受けられないなら入院して欲しくない、いわゆる寿命なんだからそこまでして治療を受ける必要があるのかと本当に思います。

今後も高齢社会になっていきますし、看護師の人員不足は解消されていないのでこのままでは日本の医療は崩壊してしまうと思っています。

そうなる前に制度的な変化や医療者の給料があがるなどの打開策を打ち出して欲しいものです。このままじゃさすがに男性看護師 転職しちゃいますよ。

ただ、看護師になれば給料が多くもらえるというだけの理由でなる人は表れて欲しくないので養成課程は厳しくしてもらいたいです。